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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)569号 判決 1975年3月06日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人堤千秋、同植田夏樹、同国府敏男の上告理由第一点について。

本件給与減額は行政法上の処分ではないとした原審の判断は正当である。また、そうである以上、右減額された部分の給与の支払を訴求するにあたつて所論の法条による異議申立手続を経ることを要するものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について。

本件は、上告人が被上告人らに対して昭和三三年五月二一日同月分の給与を支給するにあたり、同人らが同月七日に勤務しなかつたことにより支給すべからざる一日分の給与を含めて支給し、その後これを同年八月二一日に支払うべき同月分の給与から減額したという事案であるが、右減額のような、賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ、しかも、その金額、方法等においても労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないものである場合にかぎり、労働基準法二四条一項本文による制限の例外として許されるものと解するのが相当であり、しかも、このような相殺を許容すべき例外的な場合に当たるか否かの判断にあたつては、賃金全額が確実に労働者の手に渡ることを保障しようとする右規定の法意を害することのないよう、慎重な配慮と厳格な態度をもつて臨むべきものであり、みだりに右例外の範囲を拡張することは、厳につつしまなければならない(当裁判所昭和四〇年(行ツ)第九二号同四四年一二月一八日第一小法廷判決・民集二三巻一二号二四九五頁、同昭和四二年(行ツ)第六一号同四五年一〇月三〇日第二小法廷判決・民集二四巻一一号一六九三頁参照)。

原審は、右と同旨の見解に立つて、福岡県教育委員会は、五月末頃には既に欠勤の実態を把握していたのであつて、減額すべき金額の点からみてもこれを翌六月分の給与から減額することが可能であつたのに、七月下旬にいたつて減額を決定し、八月上旬頃その旨を福岡県教職員組合に通知したうえ、本件減額を行つたものであり、その遅延した主たる理由は、減額に反対する福岡県教職員組合の圧力のもとに、福岡県教育委員会が、減額をすることの法律上の可否、根拠等の調査研究をしながら、当時同種事案をかかえていた東京都の動向を見守つていたところにあるのであるから、本件相殺は、これをした時期の点においていまだ例外的に許容される場合に該当しないとしているのであつて、その認定判断は、挙示の証拠に照らし、正当として首肯することができ、その過程に所論の違法はない。所論は、右と異なる見地から、原審の認定しない事実を前提とし、あるいはその認定した事実を過大に評価すべきものであることを前提として、原審の右認定判断を非難するものであつて、採用することができない。

同第三点について。

福岡県公立学校職員の給与に関する条例一四条、一八条は労働基準法二四条一項但書にいう法令に別段の定がある場合に該当しないとした原審の判断は正当である。また、所論は、人事院事務総長から関係各機関に通達された「一般職の職員の給与に関する法律の運用方針」(昭和二六年一月一一日給実甲第二八号)が被上告人らにも適用されると主張するけれども、その故をもつて労働基準法二四条一項但書にいう法令に別段の定がある場合に該当するものと解することはできない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岸上康夫)

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